訴えの提起の議案(参考例をベースに解説)

1.訴えの提起の議案の実例

訴えの提起の議案の実例を見てみましょう。

議案第**号
訴えの提起について
損害賠償請求事件について、次のとおり訴えを提起するため、議決を求める。平成**年*月**日提出
X市長 甲野乙男1 事 件 名 損害賠償請求事件
2 裁 判 所 A地方裁判所B支部
3 当 事 者
原 告
X 市
代表者 X市長 甲野乙男
被 告
C市D1丁目2番3号
E株式会社
代表取締役 丙野丁郎
4 事件の概要
5 請求の趣旨
6 訴訟方法等
控訴、上告、和解、調停その他本件処理に関する事項は、市長に一任する。
(説 明)
地方自治法第96条第1項第12号の規定により、本案を提出する。

某市において公開されている例を参考に、訴え提起の議案のモデルについて掲載してみました。事件名、裁判所名、原告・被告の名前、請求の趣旨、事件の概要を記載した後、「一任する」旨であればそれを記載するというのが一般的な例のようです。なお、裁判所名を記載しないパターンもあり、裁判所名が必須とは考えられていないようです。

2.訴えの提起の議案の実例についての個別の解説

[弁護士名について]
委任する代理人弁護士名については、あくまでも訴訟追行の方法の一つであることから議案には掲載されません(たとえば、途中までA弁護士に委任していたが、その後、何らかの都合によりA弁護士が辞任し、かわってB弁護士に委任するということがあるかもしれませんが、それらについては議決において何らの関係もありません。)

[和解の一任について]
訴えを提起する段階で、どんなパターンの「和解」をも含めて許容するという一任が行われているようです。
また「相手方から***を全額返還する旨の申入れがあり、かつ、その履行が見込まれる場合は、和解するものとする。」といった記載ぶりもあるようです。

[請求の趣旨について]
請求の趣旨は訴状の必要的記載事項(民事訴訟法第133条第1項)です。したがって「議案」を作成する段階(上程する段階)で、訴状のうち「請求の趣旨」までは完成している必要があります。たとえば金銭請求事件の場合には請求額が定まっている必要がありますし、遅延損害金・延滞利息の率や起算点が定まっている必要があります。
なお、訴状に記載するものを逐語的に記載する形で掲載しているものが多くみられますが、訴状を一言一句完全に引き写したという意味で、絶対的に逐語的掲載が不可欠な訳ではないです。どのような請求を行うのかについて基礎的事項が洩れなく書かれているのであれば、要約的に書いたりすることも可能ではないかと思われます(私見)。

[被告の氏名について]
議案に、被告の氏名を明記する必要はあります。議案上、「誰に対し」訴訟を行うのかを特定する意味で不可欠な要素であるため、基本的には、実名を必ず記載することになるでしょう。ただし、公営住宅(市営住宅・改良住宅)の明渡訴訟のような場合には、生活に困窮した市民を被告とすることに鑑みると、議案書に実名を書く必要があるのか(また、その議案をマスキングしないまま、ネット上にも載せるのか)検討が必要です。
[被告の住所について]
議案に、被告の住所も記載している例が多いようですが、個人情報保護が重視される現在、再考が必要とも言えます(たとえば株式会社などの法人であれば、その本店所在地は、法人登記によりオープンにされているため秘匿する必要があるとは思えません。これに対し、私人の自宅住所を明記する際は、個人情報との兼ね合いから慎重な配慮が必要です。)。

[共同原告について]
たとえばA県とB県とC県がまとめて株式会社Yを訴えるというような事例を、共同原告といいます(共同訴訟)。この場合、議決が必要なのはあくまでも「A県vs株式会社Y」の部分だけであり、共同原告関係にある他の地方公共団体の行動については議決と無関係であると考えられます。

3.標準的な形式によらない議案書について

訴状に書くような「請求の趣旨」を明記しない形の「訴え提起」の議案書もございます。京都市の「訴え提起」の議案書はかなり独特で、「事件の種類」「事件の内容」を書くスタイルとなっています。地方自治法上、「訴え提起」の議案に、必ず請求する金額を特定しなければならない要請まではないため、このようなスタイルをとることも適法と思われます。

[京都市]
ところで、京都市議会では、少し変わった議案の作り方になっています。
項目としては、「相手方」「事件の種類」「事件の内容」、という3種構成になっています。

たとえば、平成29年2月22日の議案だと、
 (相手方)
マスキングされています。
(事件の種類)
詐害行為取消しの請求
(事件の内容)
本市は、訴外A社(略)及びその代表取締役であるBに対し、小栗栖排水機場の運転監視業務に係る委託契約に基づく債務の不履行により損害賠償金(以下「本件賠償金という。」)の支払を求めるにあたり、訴外A及び訴外Bが所有する土地及び建物(以下「本件不動産」という。)について、仮差押を行った。
相手方は、訴外Bの親族であり、本件賠償金の支払を免れるため設立された訴外Cの監査役を務めているが、本市を害することを知りながら本件不動産の一部に根抵当権を設定し、その旨の仮登記を行った。そこで、当該仮登記は詐害行為に当たることから、その取消しを求める訴えを提起しようとするものである。
なお、本件訴えの係属中に新たに判明した詐害行為については、その取消しに係る請求を本件の訴えに追加することとする。

といった構成になっています。

[川崎市]
川崎市でも、少し変わった議案の作り方になっています。
ところで、京都市議会では、少し変わった議案の作り方になっています。
項目としては、「当事者」「請求の要旨」という2種構成になっています。

たとえば、平成21年11月25日の議案だと
1 当事者
原告となるべき者 川 崎 市
被告となるべき者 * * * *
2 請求の要旨
被告となるべき者は、建物明渡請求に係る市営住宅(以下「本件市営住宅」という。)に居住しているが、長期間家賃を滞納し、本市の再三にわたる納付指導にもかかわらず、これに応じなかった。
そこで、本市は、被告となるべき者に対し、本件市営住宅に係る賃貸借契約を解除し、本件市営住宅の明渡しの請求を行った。
しかしながら、被告となるべき者は、その後も明渡しをしないため、建物明渡請求の訴えを提起したい。

といった構成になっています。

裁判所に提出する「訴状」には、請求の趣旨を書かなければなりません。しかし、請求の趣旨を作成する作業は非常に専門的であり、金額を特定したり、不動産を特定したり、それ以外にも法律上の観点から検討しなければいけない事項が多数あります。必ずしもそれをことこまかに議案に書く必要があるとは思えませんね。請負契約を締結する議案(地方自治法第96条第1項第5号)でも契約書のすべてを載せなくてもいいとされているのと同じと思われます。
■参考記事:訴えの提起における議決証明書